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2006年07月24日

『モダン・タイムス(MODERN TIMES)』をNHK-BS2で観る


チャーリー‐チャップリンCharles Chaplin)という存在を僕に初めて教えてくれたのは、なにを隠そう隠す程でもない、欽ちゃんこと萩本欽一である。坂上二郎とのお笑いコンビ、コント55号の全盛時代に、萩本欽一が憧れのヒト、喜劇王チャーリー‐チャップリンCharles Chaplin)に(確かアポ無しで)会いに行くというスペシャル番組での事。
現在のTV番組ならば『スマステーション』の「チャーリー‐チャップリンCharles Chaplin)特集(2005..7.02 on air)」の様に主演映画作品やありとあらゆる映像素材を駆使して誰にでも、あの萩本欽一が会いたい人物とは何者であるか、いたれりつくせりで紹介する筈なんだけれども、そういう情報は一切なかった様な気がする。だから、その番組で初めてチャーリー‐チャップリンCharles Chaplin)という記号を知った僕にとっては、謎の存在でしかなかった。
ただ、当時人気絶頂だった欽ちゃんの尊敬するヒトが、外国人だったって事に、軽いショックと尊敬の念を思わせたのは事実です(ちなみにこの件に関しては、欽ちゃん自らがこちらで詳しく語っております)。
そして、その後数年して、初めて映画館で観た最初のチャーリー‐チャップリンCharles Chaplin)の作品が今回30年振りに観た『モダン‐タイムスModern Times)』(1936年発表)でした。

ところで、映画史的には、チャーリー‐チャップリンCharles Chaplin)による、当時進行していた大量生産方式に代表される機械文明machine age)批判の映画っていう評価が確立されている。実際、本来ならば機械を操る側の人間が逆に機械に操られるという描写は出てくるものの、時間的な配分で観ると、それ程、大きな比率を占めるものではない。
どちらかと言うと、その機械文明machine age)の恩恵を受け入れられない、もしくは、そこから摘み出された男女の、失意から再生の物語って言う気がします。

例えば有名な自動食事給仕機械のコント。最初は手順よく(?)食事させてくれるんだけれども、オーバーヒートで機械が暴走。本来ならば、食事する人間のペースに合わせてゆっくりと廻る筈のとうもろこしが、超高速で回転して行く。ここに安易に文明批判の口舌を発したいキモチについかられてしまうけれども。
ちょっと待ってね。
主人公が再就職した工場で、彼の上司のエンジニアが機械に挟まれて身動き出来なくなるシーン。丁度、昼休みの休憩時間になって、主人公が身動き出来ない上司に弁当を給仕するのだけれども、やる事は先程の機械と一緒。無茶苦茶な段取りで辺り構わずナンでも口中に放り込んでしまう。
つまり、機械も人間もやる事は一緒。

それよりも、トーキー映画が主流を成して来た当時、サイレント映画にこだわって来たチャーリー‐チャップリンCharles Chaplin)の精一杯の悪あがきと観た方が面白い。この映画の中で発話される言葉は、ひとつの例外を除いて、全て機械から発せられる言葉だと言う事。巨大モニターで全社を監視している社長が部下にそのモニター経由で下す命令や、ラジオのアナウンスや、先に出た自動食事給仕機械のセールス‐トークのマニュアル等。全て無味乾燥な発話だけを敢て、トーキー化している。その代わりに、ポーレット・ゴダードPaulette Goddard)演じるヒロインの表情は、言葉を発していないだけにことさら表現が豊かだ(詳しくはこちらを参照願います)。

さて、そうやって考えてみると、問題なのは、その一つの例外。歌詞を忘れた主人公が歌う無茶苦茶なデタラメ語の「ティティーナ」という曲。サイレント映画とは言うものの音楽だけは豊かに鳴り響いていたチャップリンChaplin)映画と同様、これも音楽だからという位置付けは勿論、可能。だが、あえて、こんなこぢつけに等しい仮説を立ててみる。
トーキーとは言え、実際の映画撮影時には歌詞は未だ完成しておらず、仮歌で収録されていたに違いない。その映画裏話的な状況をパロディ化したのが、この「ティティーナ」シーンではないだろうか? どなたか詳しい情報を教えて下さい。

そして、部分的であれ、トーキーに移行せざるを得なかったチャーリー‐チャップリンCharles Chaplin)は、次作『独裁者』で、トーキーでなければ出来ない事にあえて挑戦する。その結果、彼と彼の作品は喜劇という枠組を離れた評価を得る訳だけれども、逆に失ってしまったものも大きいと思うのは僕だけでしょうか?

(今までの論説をなし崩しにしてしまうかもしれない)追伸:工場の巨大モニターで監視する社長の映像を観て、「Big Brother watches you」な『1984年1984)』[ジョージ‐オーウェルGeorge Orwell)]を思い出すムキもあるかもしれないけれども、この近未来小説の発表年は1949年。『モダン‐タイムスModern Times)』の方が先であります。


moderntimes-dvd.jpglove chaplin.jpg1984-book.jpg

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